ラマダン

6月8日

 

 朝、レストランに着くと、タブレジさんとサベルさんはとても眠そうな顔をしている。「ラマダン、ムバーラク!」とあいさつをすると、微笑みを返してくれた。いつものように野菜を切り、各種の肉を煮込んだ。いつも通りの仕事の所々で、いつも通りではない仕事を任された。ラマダン中の二人のシェフは5時から17時の間、食べることも飲むこともできないため、肉の硬さチェックと味見を僕が任された。なんとなく緊張しながら味見をした。

 

 寝不足の2人に「どれくらい寝たのですか?大丈夫ですか?」と訊くと、「22時から1時まで寝て、お祈りをして、3時から7時くらいまで寝たよ。ほんの1か月だけだから大丈夫だよ。」と言っていた。昼休みにも少し寝ると言っていた。

 

 夕方5時頃になると2人のシェフは店の入り口のほうに歩いていき、少しそわそわし始めた。そして5時10分頃、「時間だ。」と言って、冷蔵庫からカットフルーツの盛り合わせ、ちゃな豆ときゅうりに塩を振ったもの、ヨーグルトなどを出して、僕を呼び、楽しく一緒に食べた。2人が店の入り口でそわそわしていたのは日没を確認するためだったのである。

 

 かつてインドを旅行していた時もラマダン中のお兄さんたちが日没後にカットフルーツを食べていたのを見たことがあったが、オーストラリアで50歳前後のおじさんが二人で日没後にカットフルーツを楽しんでいるのを目の当たりにできたのはうれしかった。やっぱり僕もラマダンごっこをして2人のシェフと共にカットフルーツを楽しみたいと思った。

 

 サベルさんは家族のためにお土産としてチキンチーズナンを作っていた。ラマダンの月は、毎晩少し豪華なものを食べると嬉しそうに言っていた。金曜日にはマスジッドに食べ物を持っていき無料でふるまうらしい。イードの日には近くのイスラミックスクールの校庭でBBQパーティーも行われると言っていた。そして大きなマスジッドの周辺は祈りに行く人々で2時間ほどの渋滞ができるとも言っていた。

 

 イスラム音楽を聴ける機会はないかと思い、「ラマダン中にマスジッドでコンサートとか詩を歌う会とかないのですか?」と訊いたが、「ない。結婚式の時は少しあるかな。」と言う答えが返ってきた。タブレジさんは行きつけのマスジッドブリスベンに6か所ほどあり、そのうちのどれかに気分で祈りに行っているようである。そして、いろいろな人とおしゃべりを楽しんで、祈る。

 

 寝不足と空腹状態で1か月過ごすラマダンというお祭りは心と身体にとって健康的なことだと思う。ラマダンをお祭りと言って良いのかわからないが、ラマダンを行う人々はとても楽しそうにしているし、訊くと「ラマダンは楽しいよ。」と言う答えが返ってくる。一方でラマダンはつらいことだから、10歳くらいまでの子供は行わないし、旅行中の人が免除されたりもしている。シェフの2人は寝不足と空腹を楽しんでいるようにも見える。なんとも面白い習慣だ。

 

 僕なりの距離感でこれから1か月のラマダンを楽しもうと思う。